伊勢崎市境平塚の平塚赤城神社。

平塚赤城神社 (1)
平塚赤城神社は永禄12年(1569年)渋沢氏が赤城山の大洞赤城神社より分霊をした。渋沢氏は新田氏の家臣で、明治時代の実業家・渋沢栄一が出ている。鳥居は弘化3年(1846年)の建立。

平塚赤城神社 (2)
平塚赤城神社 (3)
永禄12年(1569年)の社殿造営後、寛文4年(1664年)、嘉永6年(1853年)に改築・造営されている。

平塚赤城神社 (4)
現在の本殿は嘉永6年(1853年)の造営。

平塚赤城神社 (5)
平塚赤城神社 (6)
平塚赤城神社 (7)
本殿周囲に施された彫刻は、渕名の名工・弥勒寺音次郎・音八父子の作といわれる。向拝の八方にらみの龍や脇障子西側羽目板の赤壁高士舟遊、東側の虎渓三笑をはじめ、腰組の碁打ち像、弾琴像や唐児彫りなど、見事な彫刻が随所に見受けられる。

弥勒寺父子は冠稲荷の聖天宮(太田市重文)や茨城県・笠間稲荷の本殿(国重文)などを手がけたことでも知られている。