伊勢崎市曲輪町の同聚院。

同聚院 (1)
平治元年(1159年)、時の領主・三浦義明が赤石左衛門の菩提を弔うために開基したといわれている。

三浦義明は鎌倉幕府創立期の重臣で、千葉常胤・上総広常・土肥実平らと共に頼朝の宿老となり、その後も一ノ谷の戦いや壇ノ浦の戦い、奥州合戦に参戦して武功を挙げている。

同聚院 (2)
この門は、伊勢崎藩主・稲垣長茂の屋敷門である。長茂は現在の同聚院付近に館を構え、陣屋の完成後、館は同聚院に引き継がれた。

同聚院本堂の建替えはあったが、門はそのまま残された。門の構造は瓦葺きの切妻造りで、本柱4本と控柱4本の4脚門である。本柱の位置が屋根の棟よりも前にずれる薬医門の形式をとっている。

伊勢崎市内に残る最古の木造建築物らしい。

同聚院 (3)
同聚院 (4)
歴史のある武家門を入ると、目を引く本堂がある。いつの再建かは知らないが、お寺の本堂としてはユニークな造りである。

同聚院 (5)
本堂右手前には、文明12年(1480年)建立の石幢(せきどう)がある。宝珠・請花・屋蓋(おくがい)・龕(がん)・中台・竿・基礎からなり、高さは154cmの安山岩製。円形の竿以外は六角形をしている。各面には願主と考えられる、6人の女性の名が刻まれている。

同聚院 (6)
墓地には伊勢崎藩の家老だった、関當義・重嶷父子の墓がある。

歴史ある武家門、石幢と現代風の本堂との対比が何とも。