前橋市堀越町の無量山月照院養林寺。

養林寺 (1)
養林寺 (2)
大胡氏がこの地に、念仏修行の草庵を建てたのが始まりみたいだが、天正18年(1590年)徳川家康の関東入府に伴い、大胡城主となった牧野康成が浄土宗の寺を建て、牧野家の菩提寺にしたのが養林寺である。

もともとは大胡氏の館跡といわれ、本堂裏手には土塁や堀跡が残っているらしい。裏に行かなかったので、気が付かなかった。

養林寺 (3)
養林寺 (4)
本堂脇の墓地内に、門扉の付いた牧野家の墓所がある。中央が牧野康成の墓である。

牧野康成は慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは、德川秀忠軍に属し真田昌幸が守る信濃上田城攻めに参加している。でも、このため秀忠は関ケ原に遅刻するんだけどね。

同年代に、徳川家康の伊賀越え(本能寺の変の時、堺にいた家康が伊賀を超えて、本領の三河に命からがら逃げた)に随行した、牧野康成(やすしげ)という武将がいたらしい。

調べていて混乱した。資料の中にも、明らかに混同しているものもあった。牧野氏自体がそんなに有名じゃないから、しょーがないかもね。