前橋市堀越町の豊国山長善寺。

長善寺 (1)
長善寺 (2)
大胡城主・大胡太郎藤原重俊が、護法大雲大和尚を開山に請して、赤城南麓滝窪の北、白草地区の寺沢窪に開創した。豊国山の山号は、豊臣秀頼から贈られたものらしい。(経緯は知らない。)

長善寺 (5)
長善寺 (4)
本堂の西にある墓地のほぼ中央部に、大胡太郎の墓と伝わる石塔がある。向かって左側のものは、奥方の墓といわれる。

大胡太郎の墓といわれる石塔は、上から宝珠に請花があり、次に屋蓋、塔身と続き、これらをしっかりとした基台で支えている。このうち屋蓋が小さいことから、異形多宝塔の形式と見られる。

大胡氏は鎌倉時代から室町時代にかけて、赤城山南麓で勢力を持った一族である。藤原秀郷の子孫で、藤姓足利氏の庶流にあたる。足利成行の庶子・重俊が、大胡太郎を称したのに始まる。(藤姓足利氏とは、藤原秀郷の子孫を言い、源氏の足利氏とは関係ない。)

ちなみに、藤原秀郷は俵藤太の通称で知られ、三上山の大百足退治の伝説で有名である。