前橋市三河町の世久山養行寺。
養行寺には、静御前(!)のお墓と伝わる石塔がある。

養行寺 (1)
養行寺 (5)
養行寺 (2)
酒井重忠の母・雪姫は、三河国(現、愛知県東部)に一寺を建立した。これが養行寺の始まりという。その後、重忠は川越を経て前橋に移り、養行寺も酒井氏の転封とともに移動してきた。

養行寺 (3)
養行寺 (4)
山門を入って、すぐ右奥にその静御前の石塔はある。中世によく見られる五輪塔ではなく、洒落た石塔である。時代はかなり新しそうである。

静御前はご存知の通り源義経の愛妾で、捕えられ鎌倉に送られた際、鶴岡八幡宮で義経を慕う唄を歌い舞ったので、源頼朝を激怒させたというエピソードが残っている。その後、奥州に逃れた義経を追い、静御前も奥州を目指したが、群馬の地で力尽き、ここに葬られたという。

まあ、静御前の最後に関しては諸説あり、日本全国いたるところに残っている。群馬にも、この養行寺以外にいくつかある。(そのうち、気が向いたら行ってみよう。)

静御前は、「吾妻鏡」にしか登場せず、当時の公家や貴族の日記類には登場しない。そのため、実在を否定する説もあることを、最後に書いておく。