前橋市田口町の白法山政淳寺(しょうじゅんじ)。
ここには、詩人・萩原朔太郎(萩原家)のお墓がある。

政淳寺 (3)
政淳寺 (1)
政淳寺 (2)
建長8年(1256年)の創建と伝えられる。以前は、前橋市内の榎町(現:千代田町)にあったが、昭和47年(1972年)現在地へ移転している。

政淳寺 (4)
朔太郎は北原白秋に師事し、26歳のとき『夜汽車』他5編の詩で、中央文壇にデビュー。大正6年に処女詩集『月に吠える』で、一躍全国に名を知らしめ、その後も『青猫』『純情小曲集』『氷島』などを次々に発表。日本近代詩に不滅の金字塔を打ち立てた。

昭和17年(1942年)、肺炎のため東京の自宅で死去、享年55歳。政淳寺の萩原家墓地に埋葬される。

敷島公園のばら園内に、朔太郎の生家(書斎、離れ座敷、土蔵)を移築した記念館がある。
(「ネコも入りたがる記念館 -萩原朔太郎記念館-」)

敷島公園をブラブラした時、ばら園の萩原朔太郎記念館を見て、墓所のあるこの政淳寺を思い出したってこと。