前橋市敷島町の敷島公園内にある、お艶が岩。その上にはお艶観音が建っている。

お艶が岩 (1)
お艶が岩 (3)
前回、前橋市総社町の元景寺に、淀君の墓(?)があることを書いた。
(「淀君のお墓? -元景寺-」参照。)
淀君は大坂夏の陣の際、秋元長朝に助けられ、総社にやって来たという。

その後、総社城や元景寺で何不自由なく過ごしていたが、過去の悲哀に耐え切れず、遂に世をはかなんで利根川に身を投じてしまったという。寛永7年(1630年)のことといわれている。

お艶が岩 (4)
お艶が岩 (2)
身を投じた岩をお艶が岩と言うようになった。また、昭和34年(1959年)には、岩の上に観音様が建立された。お艶の330周忌のことである。

この岩には全然別の謂れもあるので、一応紹介しておく。

お艶という美しい娘が、利根川の対岸に住む青年に恋をした。始めは川を越えて会いに来ていた青年だが、次第に熱が冷めて遂には姿を現さなくなってしまった。お艶はこれを悲しみ、この岩から恋人の名前を呼びつつ身を投げたという。

まあ、どっちにしろ悲哀ただよう謂れである。