桐生市宮本町の大慈山光明寺。

桐生・光明寺 (1)
光明寺は天平宝字11年(739年)に行基がこの地に一宇を建立したのが始まりという。

行基が東大寺大仏造営の勧進のため桐生に来たときに、観音様が夢に現れ渡良瀬川のほとり、吾妻山景に囲まれた所聖地ありと告げたという。行基がその地を訪れると、あまりにも見事な霊地であることに大変喜び、さっそく一宇のお堂を建立した。

当時は水月庵と言い、光明寺となったのは寛永元年(1624年)。

桐生・光明寺 (2)
山門脇にはたくさんの庚申塚がある。「千庚申」と呼ばれている。とは言え、多分1000体はないと思う。200くらい?

桐生・光明寺 (3)
桐生・光明寺 (4)
現在の伽藍は、昭和44年(1969年)の竣工である。

桐生・光明寺 (5)
桐生・光明寺 (6)
観音堂には底の抜けたひしゃくがたくさん奉納されている。これは安産を祈る者が、軽く抜ける(生まれる)ようにと祈願したもの。

桐生・光明寺 (7)
光明寺は桐生七福神の第一番札所として弁財天を祀っている。桐生七福神は平成に入ってからできた新しい巡拝コース。

写真右の弁財天はなじみのある格好の石像だが、左も弁財天だという。室町時代に造立された「宝珠型仏塔」という珍しいもの。高さ86cm。

桐生・光明寺 (8)
以前行った桐生が岡遊園地がよく見えた。
(「入場無料の遊園地 -桐生が岡遊園地-」参照)