桐生市川内町の慈雲山千手寺。

千手寺 (1)
寛元年間(1243~46年)に、鎌倉幕府の執権・北条時頼が智明上人の庵に千手観音を送ったのが起源という。しかも千手観音の作者は運慶だという。

智明上人は元々は園田成家という武士だったが、京都に巡回警護に上がった際、法然上人に接し仏の魅力にひかれ弟子となり、智明と名乗った。

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ただ本尊の千手観音は、戦国末期から江戸初期のの作風を伝えており、時代が合わない。なので、現在の本尊が安置され、一ケ寺の形をとったのは、戦国末期から江戸初期と推測される。

千手寺じたいも、伝承は伝説と考えているようで、開基を寛永年間(1624~45年)としている。

千手寺 (2)
千手寺 (3)
千手寺には桐生市の重文に指定されている石幢(せきどう)がある。材質は安山宕で、相輪・屋蓋・龕部・中台・幢身・基礎からなり、ほぼ完全な状態で保存されている。総高164cm。

龕部は七角で、一面に阿弥陀仏を配し、他の面には六地蔵が彫りだされている。幢身は上下二段につなぎ合わされ、その上段に天文拾七年戊申八月と銘分が陰刻されている。天文17年は1548年。