桐生市梅田町の桐生山鳳仙寺。

鳳仙寺 (1)
鳳仙寺 (2)
由良成繁は天正元年(1573年)に、柄杓山城を攻略し桐生氏を滅ぼすと、天正2年(1574年)に桐生に入部、鳳仙寺を建立し自らの菩提寺とした。

鳳仙寺 (3)
鳳仙寺 (4)
鳳仙寺 (5)
宝永元年(1704年)に建立された三間一戸の二階建て楼門で、中に仁王を配している。主柱4本と控柱8本で構成されて全てが丸柱となっている。

鳳仙寺 (6)
現在の本堂は、元禄時代以前の建立と推定され、享保12年(1727年)に大改修されている。桁行き9間、梁間8間、八室構成と、当時の曹洞宗本堂の名残がある。

鳳仙寺 (7)
鳳仙寺 (8)
由良成繁の墓。

由良氏はもともと横瀬氏と言って、新田岩松氏に仕えていたが、享禄元年(1528年)に下克上により岩松氏から太田金山城を奪っている。横瀬氏は小野氏流横山氏一族といわれているが、由良氏と改姓してからは新田氏を自称している。

成繁は天正元年(1573年)に、桐生氏の居城である柄杓山城を落として同氏を滅ぼすと、居城であった金山城を息子・国繁に譲り、翌年に柄杓山城に隠居している。

成繁は勅使門(山門)を備えた大伽藍のお寺を造り、桐生領民に由良氏の力を見せつけたかったのかもしれない。