桐生市広沢町の八幡山法楽寺。
延喜式内社・上野国十二社の十一之宮である賀茂神社のすぐ隣。

法楽寺 (1)
和銅元年(708年)、行基が諸国行脚のおり当地に立寄り、小寺を造営し仏像を安置したのが始まりと伝えられる。

法楽寺 (2)
法楽寺 (3)
天喜年間(1053年~58年)の前九年の役では、源義家が戦勝祈願に訪れ、また奥州平定後の凱旋時には、賀茂神社と当寺前に舞台を造営して、法楽の舞を奏上したといわれている(これは賀茂神社と共通の由緒。)
(賀茂神社は、「上野国十一之宮 -賀茂神社-」参照)

後に義家家臣の周東刑部左衛門は当地に残り、戦没者の慰霊のため当寺を建て替え、山号を八幡太郎の八幡山とし、寺号は法楽の舞を奏上したところから法楽寺と名付けている。

しかし、特に義家関連のものがあるというわけではないようだ。