太田市藪塚町の伝・藪塚氏の墓。

伝藪塚氏の墓 (2)
伝藪塚氏の墓 (1)
大正2年(1913年)東武桐生線の工事中に、小さな塚を切崩したところ五輪塔が4基出土した。

伝藪塚氏の墓 (3)
郷土史家である岡部福蔵氏の考証により、鎌倉時代のものとされ、近くに元屋敷という地名があること、新田一族の中に「藪塚六郎朝兼」という人物がいることなどから、藪塚氏の墓と推定されている。

藪塚朝兼は新田義重の曾孫・岩松時兼の六男。朝兼の子・時綱、孫・基綱の三代の墓ということ。もうひとつは?? って思うけど、まあいいかっ!

ちなみに、岩松時兼ってのは、岩松氏の祖ね。
(「新田岩松氏の勉強です -岩松八幡宮-」参照。)

この五輪塔群は、東武桐生線のすぐ脇にあるのだが、そこは一般民家の庭先。民家の敷地内ではないんだろうけど、柵や塀があるわけでもなく、こっちからもあっちからも丸見え状態。犬にはワンワン吠えられるし、気まずいし・・・・・。早々に退散。