処刑場跡(忠治地蔵)から、さらに高崎市側に2kmくらい行ったところに、「忠治とまどいの松」がある。

国定忠治 とまどいの松 (3)
国定忠治 とまどいの松
国定忠治 とまどいの松 (4)
関所破りを心に決めかねて、松の根元にたたずみ迷ったと伝えられることからその名がついた。現在の松は3代目。

ところで、処刑された忠治の遺体は、処刑場跡(つまり地蔵のあるところ)に埋葬されている。以前、忠治の意墓に行ってきた話しを書いたが(「国定忠治の墓 -養寿寺-」参照。)、お墓には何が葬られているのだろう?

罪人であった忠治の首は3日3晩晒されていた。その首をお妾さんが盗み、菩提寺の養寿寺に運んで住職がどこかに隠した。後に、寺の庫裏の屋根替えの時に、天井裏から住職の書きつけとしゃれこうべが見つかり、忠治の頭蓋骨といわれている。

もちろん真偽不明だが・・・。