利根郡みなかみ町永井の町野久吉の墓。

戊辰戦争時(慶応4年~明治2年)、三国峠付近でも三国戦争と呼ばれる戦闘があった(慶応4年4月)。会津藩と上州諸藩(前橋、高崎、沼田、安中、吉井など)との局地戦。

町野久吉の墓
墓石には、「会津藩士白虎隊 町野久吉墓」と刻まれている。白虎隊初の戦死者といわれる。

三国峠を守っていた町野主水(会津藩飛領である越後の小出島奉行)の実弟である久吉は、長槍を奮って敵陣に突入し奮戦するも、銃弾を浴び壮烈な戦死を遂げた。享年17歳。

久吉の首は永井宿の近くに晒され、哀れんだ村人が近くの山に葬った。

久吉の槍は戦利品として官軍の手に渡り、山県有朋の所有となっていた。ちなみに現在この槍は、会津・鶴ヶ城内に展示されている。