沼田市町田町の法城院。

法城院 (1)
天正9年(1581年)沼田平八郎景義の死を悼み、供養するために、その遺骸を僧行芝が引き取って、小沢城本丸跡に葬り「沼田大明神」として祀った。その際、庵を建立し法喜庵と称した。

法城院 (2)
法城院 (3)
宝暦8年(1758年)、僧高眼により旧庵を庫裡とし本堂が建てられ、景義の法号を法城院と改め、沼田氏の菩提寺・法城院となった。

寺域は小沢城址で、土豪の城柵の名残をとどめ土塁、堀の跡などが見られるというが、素人目にはよく分からない。

沼田氏は荘田城→小沢城→幕岩城→沼田城と本拠を変えており、小沢城は応永12年(1405年)の築城とされる。沼田氏はここで4代24年間を過ごし、永正16年(1519年)、幕岩城に移っている。

沼田大明神
沼田城址(沼田公園)に残る平八石に置かれた景義の首は、夜になると遺体を埋めた小沢城まで飛んできて、杉の木にかみついたという。

写真は、景義の墓と杉の木の跡。首がかみついたという杉の木は、残念ながら枯れてしまっている。(「沼田平八郎景義の墓 -沼田大明神-」参照)