沼田市材木町の慈眼山舒林寺。
ここには真田沼田藩4代藩主・信政の2男・信守の墓がある。

舒林寺 (1)
舒林寺 (2)
宝徳元年(1449年)大友長忠が開基となり、心華乗芳禅師が開山したのが始まりといわれる。

舒林寺 (3)
舒林寺 (4)
当初は利根郡後関にあったが、寛文8年(1668年)沼田へ移転・再建、現在の本堂は文政年間(1818年~29年)に建立されたもの。

舒林寺 (5)
真田又八郎信守の墓。
信守は正保2年(1645年)のある夜、何かのいさかいにより異母弟・大学信武を殺害し、自刃している。信守17歳、信武16歳といわれている(信武は14歳との説もある)。

理由は定かではないが、藩主の息子の起こした事件であり、家中は大騒ぎになったと思われる。

信政は男子2人を同時に失い、後に後継者に苦労する。結果的に6男が後継者(松代藩)になるが、このとき5代沼田藩主・信利が口を挟み、真田家のお家騒動、真田沼田藩の改易へと進んでいく。