沼田市柳町の晴雲山三光院智徳寺。

三光院 (1)
三光院 (2)
三光院 (3)
三光院は沼田城の北東、いわゆる鬼門の位置にある。

三光院 (4)
応永13年(1406年)に村上出羽守なるものが利根に攻め入り、沼田氏支城の川田、名胡桃両城を攻略した。時の領主・沼田景朝は、逆に村上氏を打ち破り、十一面観音像を持ち帰った。

現在、この十一面観音は沼田市の重文に指定されており、上の写真の観音堂ではなく、宝物庫(?)に安置されている。

十一面観音 (1)
十一面観音 (2)
ヒノキ材の寄木造りで、玉眼及び六臂の立像。総高186.5cm。文永7年(1270年)の造立銘が像の内面にあることが確認されている。作者は快覚。名前が似ているけど、快慶と関係ある??

二臂または四臂の十一面観音は多いが、六臂は非常に珍しい(と思う)。顔の雰囲気など、全体的にちょっとポッチャリ型。

実は観音堂と灯籠は、真田信利が寛文4年(1664年)に献納したもの。おっ!信心深いと思ったけど、事情はちょっと違う。

信利がこの十一面観音を気に入り、「寄こせ!」って要求したら、お寺に「ダメだ!」と言われ、参拝の妨害をするなどの嫌がらせをした。すると病が蔓延し、自身も病にかかってしまたため、慌てて観音堂を建て灯籠を献納したということ。

残念ながら、信利はやっぱりこの程度の殿様だったということ。