沼田市鍛冶町の法蔵山正覚寺。
真田沼田藩初代藩主・真田信之の正室である小松姫(大蓮院)の墓がある。
*厳密には、沼田藩の立藩は信利の時だが、実質的には信之を初代とする。

正覚寺 (1)
正覚寺 (2)
天正2年(1574年)、小松姫(大蓮院)の開基。山門は入母屋造平入の銅瓦葺、一間一戸の四脚門で、建築年代は万延元年(1860年)と推定される。正面には千鳥破風(はふ)を付け、その下側を向唐破風とし、鬼板部分には「立ち葵」(本多家家紋)を飾る。

正覚寺 (3)
正覚寺 (4)
本堂の屋根や窓にも、「立ち葵」が金色に輝いている。

なんで本多家の家紋があちこちについているかと言うと、小松姫は徳川四天王・本多忠勝の娘だから。家康の養女になり、信之に嫁いでいる。

正覚寺 (5)
高さ271cmの宝篋印塔が小松姫の墓。
元和6年(1620年)江戸で病を得た小松姫は、草津で療養することを許され、上州へ戻る途中に武州鴻巣(埼玉県鴻巣市)で死去。享年48歳。小松姫の亡骸は駕籠で運ばれ、ここに葬られた。

正覚寺 (6)
正覚寺から沼田駅方面を臨む。

正覚寺は利根川と薄根川の合流点の北東、河岸段丘の台地上に位置する。二つの川側は約70mほどの崖となっているので、眺めは非常に良い。小松姫も日常的に、この景色を見ていたかと思うと感慨無量。

正覚寺には名胡桃城代・鈴木主水重則の墓といわれる墓石もある。記事はこちら。
名胡桃城代・鈴木重則の墓?? -正覚寺 その2-