沼田市白沢町のうつぶしの森。白佐波神社が鎮座している。

うつぶしの森 (5)
新田義貞が越前で無念の戦死をとげた(1338年)後、3男・義宗が新田氏の総領となっていたと思われる。長兄・義顕は1337年越前で戦死、次兄・義興も1358年江戸・多摩川の矢口渡で謀殺されている。(「新田義興の墓? -威光寺-」参照。)

正平23年(1368年)、義宗はこの周辺で足利の大軍を迎え撃った。しかし敵の流れ矢に右目を射ち抜かれ、うつ伏せに落馬し壮絶な最期を遂げた。このことから、この森を「うつぶしの森」という。

うつぶしの森 (3)
うつぶしの森 (2)
うつぶしの森 (4)
うつぶしの森には、白佐波神社が鎮座している。白佐波神社の創建は慶安2年(1649年)で、当時は武尊神社と称していた。明治末の神社合祀令を受けて、下古語父諏訪神社を除く神社19社、御祭神43座を合併・合祀し、白佐波神社と改称した。

白佐波神社の御神体は、新田義宗の木像である。衣冠束帯の座像で、製作年代は不明だが、少なくとも徳川以前のものと推定されている。

義宗の亡骸は、船田長門守経政によって、近くの雲谷寺に葬られた。ということで、次は雲谷寺ね。