高崎市浜川町の金池山来迎寺(らいこうじ)。
ここにも、長野氏累代の墓と伝えられる五輪塔群がある。

来迎寺 (1)
来迎寺 (2)
永仁5年(1297年)遊行二祖真教上人の開基。 長野氏の信仰を受け、同一族の隆勢と共に栄える。

来迎寺 (3)
来迎寺 (4)
来迎寺 (5)
長野氏滅亡後、まわりの濠の中に崩れ落ちて、埋められていたものもあったが、大正12年(1923年)の墓地整備の際に発掘され、現在地に整理して安置した。小さな五輪塔・宝篋印塔合わせて30数基が並んでいる。

年号を読み取れるものもいくつかあり、至徳元年(1384年)年、応永9年(1402年)、永享11年(1439年)、応仁3年(1469年)、明応9年(1500年)、享禄元年(1528年)など。

室町時代の初めには、この地に根付いていたことになる。この辺は、長野郷と呼ばれているので、長野氏の出自の地と推定される。

長野氏に関しては、平城天皇の孫で、36歌仙のひとりである在原業平が、その祖という説もあるが、ちょっと???と思う。