高崎市上豊岡町の茶屋本陣。
茶屋本陣とは、江戸時代に参勤交代などで、街道を通行する大名やお公家さんらが、休憩したところ。

過去、安中市松井田町の「五料の茶屋本陣」を紹介した。
(「江戸時代の名主屋敷 -五料の茶屋本陣-」参照。)

上豊岡の茶屋本陣 (4)
上豊岡の茶屋本陣 (1)
上豊岡の茶屋本陣 (3)
上豊岡の茶屋本陣は、19世紀の初めに、すでにあった居住用の主屋に、離れを増築する形で作られた。

上豊岡の茶屋本陣 (6)
上豊岡の茶屋本陣 (9)
上豊岡の茶屋本陣 (7)
大名やお公家さんが休憩をとるお座敷は、8畳2室からなっており、上段の間、南側が次の間と呼ばれている。上段の間は書院造りで、違棚(ちがいだな)は味わいがある。

上豊岡の茶屋本陣 (8)
北側には庭園がある。これはオザシキノニワと言うらしい。宝暦7年(1757年)には、日光例幣使であった五條宰相菅原為成が、また文久元年(1861年)には、皇女和宮御下向の際にお付のお公家さんらが立ち寄ったとか。和宮が休憩したという記録はないようだ。

隣の安中市には、和宮がご宿泊した書院が残っている。
(「皇女和宮のご泊所 -板鼻本陣跡-」参照。)