高崎市倉賀野町の倉賀野山養報寺。
至徳3年(1386年)に僧・秀乗によって開山されたと伝えられている。
山門は天正4年(1576年)、金井淡路守秀景の建立とされ、昭和54年(1979年)の改修の際、山門の天井絵が復元されている。
写真を撮った時は、真上を見上げる格好になるので、よく分かんなかったけど、家へ帰ってきて写真を見たら、いろんな動物が描かれており、その見事さに気付いたって感じ。
本堂手前に、俳人・村上鬼城の句碑がある。村上鬼城(本名村上荘太郎)は、慶応元年(1865年)年江戸に生まれ、8歳のとき家族と一緒に高崎に移って来た、群馬ゆかりの俳人。実は・・・、知らなかった。
鬼城の句碑の向かい側には、物置のような建物内に、5体の石仏が鎮座している。鎌倉時代末期のもので、明治年間に廃寺となった長賀寺から養報寺に移されたものらしい
凝灰質の砂岩で造られているため、かなり風化が進んでいる。そのため、このような保存になっているんだろうけど、高崎市指定の重要文化財なんだから、もう少しなんとかならないものかなぁ~。
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