高崎市倉賀野町の大用山永泉寺。

永泉寺 (2)
永泉寺 (1)
天正元年(1573年)、倉賀野城主・金井淡路守秀景の開基。

もともとは、児玉党・秩父高俊が倉賀野の地に館を構え、倉賀野氏を称したが、倉賀野氏は永禄6年(1563年)に武田氏に攻められ滅亡。家臣であった金井秀景が、倉賀野の地を治めるようになった。

永泉寺
ここには、倉賀野城主・金井秀景のお墓がある。檀家さんのお墓も含めて、とにかく密集していて、ちょっとウロウロしてしまった。

永泉寺 (3)
永泉寺 (4)
永泉寺 (6)
境内左手には、「幽霊石」と呼ばれる、一見お地蔵さんに見える石がある。この石は、金井秀景の奥方を埋葬する時に、出てきたと言われている自然石である。

不思議なことに、この石を他の場所に移しても、いつの間にか元の所へ戻ってしまったという。そのため、「幽霊石」と呼ぶようになったとか。

この寺は、もとは倉賀野城の北の砦だったところ。時は戦国時代だから、露と散った将兵のいろんな想いが詰まっていても、不思議ではないね。