高崎市倉賀野町の倉賀野河岸跡。

倉賀野河岸跡 (1)
利根川支流で、烏川最上流部の倉賀野河岸は、永禄4年(1561年)頃の開設といわれている。1561年といえば、第4次川中島の合戦が行われた年。戦国時代!

中山道と日光例幣使街道の分岐点に位置したことから、江戸時代には上信越地方と江戸との水陸交通の中継地として、利根川水系の河岸の中では最大の規模を誇っていた。

倉賀野河岸跡 (3)
倉賀野河岸跡 (2)
倉賀野河岸跡 (4)
現在は、河岸広場として、ちょっとした公園になっている。まあ、公園と言ってもベンチが置いてあるだけだけどね。天気の良い日の、日向ぼっこにはいいかも。

河岸そのものは、もう少し上流側にあったらしい。そこには元あった大杉神社跡の碑があるとか。現在、その社殿は榛東村の八幡神社に移築されているそうな。

倉賀野から江戸へは3日、江戸から倉賀野へは10日の行程だったという。