高崎市吉井町神保の天祐山仁叟寺。
前回(「奧平氏の開基 ー仁叟寺ー」)に引き続き仁叟寺の2回目。

仁叟寺 (1)
千手観音像(中央)。行基の作とされ、羊太夫の守本尊と伝わる。六観音が周りに安置されている。室町時代の作とされ、廃寺となった八束山観音寺の本尊。平成29年(2017年)に修復が完了している。

不思議なもので、なまじ造立時のお姿(具体的には金ピカ)になると、逆にありがたみが薄くなってしまうと感じるのはオレだけかな? (もちろん仏像としての歴史的価値の問題とは別)。

八束山観音寺は仁叟寺8世・天威大佑の開山。天威大佑の入寂が寛永13年(1636年)なので、江戸初期の創建となる。明治初年に火災に遇い、その後再建を計画したが果たせず廃寺となっている。

仁叟寺 (2)
仁叟寺 (3)
仁叟寺 (4)
同じく観音寺から移された石仏や石祠。石祠内には石仏が納められている。

仁叟寺 (5)
仁叟寺 (6)
白山妙理大権現。寺域を守護する龍神。曹洞宗開祖・道元が宋から帰国する際、乗っていた船を守ったとされる。また帰国前夜にこの権現が手伝い、「碧厳録」を一夜のうちに書き写したといわれている。

仁叟寺 (7)
仁叟寺 (8)
古照堂。昭和51年(1976年)の建立。多胡碑が納められている。多胡碑と言っても本物ではないけどレプリカでもない。吉井町塩の向井家に伝わっていたもので、仁叟寺に寄贈されている。「仁叟寺多胡碑」と呼ばれている。

仁叟寺多胡碑は、文字の書体・大小などが世界遺産・多胡碑と寸分違わないもので、両者の拓本を比べても判定に苦しむほどだという。ただ、碑身は薄く板碑のように見える。

製作の経緯などは不明だが、向井家にはこの碑は多胡碑の裏碑(予備)であるので、同材質・同刻で造られていると伝わっている。

仁叟寺 (9)
地蔵菩薩像。元禄13年(1700年)の造立。

仁叟寺 (10)
天宮の井戸。開創以来、寺の水源であった井戸。永きに渡り枯れることなく水脈を保っている。昭和40年代まで使用されていた。

仁叟寺 (11)
銅製の大釜。戦国時代のものと伝えられる。

仁叟寺 (12)
仁叟寺 (13)
願掛け穴不動。昔から竹林の中に洞穴があり、寺の東を護っていた。この洞穴には不動明王が祀られており、お百度参りを行うと大願が成就すると伝えられている。

仁叟寺 (14)
不動滝。もちろん人工の滝だが、不動明王像などが置かれている。穴不動の近くにあるので、それに関連付けたものかな。訪問日は水が流れてなかった。

仁叟寺 (15)
聖観音像。令和元年(2019年)の造立。

仁叟寺 (16)
涅槃釈迦像。中国四川省産の漢白玉大理石製。平成9年(1997年)の造立。自分の身体の悪い場所と同じ場所をさすれば、撫で仏としての功徳が授かれるという。

仁叟寺 (17)
慈母観音像。平成16年(2004年)の造立。

仁叟寺 (18)
ペット供養塔。平成6年(1994年)の建立。

仁叟寺 (19)
村上鬼城の句碑。平成16年(2004年)の建碑。

2回目も長くなったので、以下3回目につづく。