北群馬郡吉岡町漆原の矢落観音。

矢落観音 (1)
矢落観音 (2)
平安末期に榛名山に船尾山楊沢寺という大寺があったが、楊沢寺は「相満の変」により焼失。この際、本堂が焼け落ちようとしたとき、悪蔵坊という僧が観音様を矢に結わえ、東天目指して弓にて射放った。

観音様は麓にて桑摘みをしていた娘のざるの中に納まったという。村人たちは観音様を小さなお堂を建てて祀ったのが謂れとされている。お堂は明和2年(1765年)に改築され、明治40年(1907年)現在地に移築されている。

ちなみに、この観音様は唐の天台山より伝来したもので、伝教大師最澄が楊沢寺に祀ったものだという。

ちょっと長いが、「相満の変」のあらまし。
下総国の武将・平常将が楊沢寺を焼き討ちした事件のこと。常将が楊沢寺(息災寺とも)に願掛けをし子供を授かった。相満と名付けられた子供は、願掛け時の約束により5歳になると寺に修行に行くことになった。ところが榛名山の天狗が相満をさらってしまう。相満が行方不明になったと知った常将は、寺の僧が殺してしまったと思い込み、寺を焼き討ちしてしまった。寺が焼け落ちると天狗が現われ、常将は相満が天狗にさらわれたことを知り、寺を焼き討ちした自分を恥じて自害してしまう。

矢落観音 (3)
向拝の虹梁の木鼻には龍や唐獅子などの彫り物があり、極彩色に彩られている。

矢落観音は飛来した観音様がざるに納まったことから、「ざる観音」ともよばれ、毎年1月14日の縁日には、ざる・籠などの竹細工品の市が立ち、賑わうとのこと。