渋川市白井の法然山源空寺。

源空寺 (1)
源空寺 (2)
源空寺 (3)
天正18年(1590年)、徳川家臣・本多廣孝の開基という。

源空寺 (4)
境内に旧子持村設置した(と思われる)解説碑があったんだけど、この中にはいくつかの明らかな間違いがある。

「天正18年(1590年)徳川家康の四天王 白井城主 本多廣孝の創建」

まず、本多廣孝を徳川四天王と言っているが、それは本多忠勝の間違い。また、白井城主は廣孝ではなく、長男の康重である。廣孝は天正5年(1577年)に、すでに康重に家督を譲っている。

ただ、廣孝も康重とともに白井城に移っているので、実質的な城主のようだったかもしれない。とはいえ、自治体(旧子持村)が設置してるんだとすれば、もうちょっと・・・。

源空寺 (5)
本堂左手には、廣孝、廣孝夫人、康重3男・紀貞の墓がある。中央が廣孝、向かって右が夫人、左が紀貞。

廣孝は慶長2年(1597年)に当地で死去している。紀貞は元和4年(1618年)から白井城主を勤めたが、嗣子なく死去。(康重は慶長6年(1601年)に三河・岡崎に移封になっている。)

なので、廣孝と夫人、紀貞という組み合わせの墓がある。