伊勢崎市国定町の金城山養寿寺。

新国劇「赤城の山も今宵限り・・・」のセリフで有名な、国定忠治こと長岡忠次郎のお墓がある。

養寿寺
養寿寺 (2)
看板は手書きで味わいがあるのだが、ちょっとお疲れのようで、よく読めない。

国定忠治の墓
国定忠治の墓 (2)
上の写真がお墓で、下の写真は隣にある碑。

忠治の博才にあやかり、墓石の一部を削って持ち帰る人が多く、墓石はすっかり角がなくなっている。ギャンブル必勝のお守りにするということ。この墓石は2代目だという。

国定忠治資料館
養寿寺には忠治遺品館が併設されており、忠治が愛用した合羽や駒札等、日用品が展示されているらしい。

なぜ「らしい」かと言うと、行った日は閉まっていて見学できなかったから。ちなみに、土曜の午後。ちょっと残念だったなあ~。よく調べてから行けばよかった。

忠治は17歳で殺傷事件を起こし、任侠の世界に入ったといわれている。でも、天保の大飢饉の際には、貧民救済に乗り出すなど面倒見も良かった。最後は関所破りの罪で、大戸の関所(現東吾妻町)で磔の刑に。

忠治は新国劇を始め、映画や講談の題材になるほど、逆に人々に強烈な印象を残したってこと。ただのチンピラなら、こんなことにはならない。

それを考えると、良い意味でも悪い意味でも、ただ者ではなかったということ。