太田市世良田町の如意山普門寺。

普門寺 (1)
普門寺 (2)
普門寺 (4)
普門寺の創建は、寛弘年間(1004年~1012年)に靜算によって開山されたと伝えられている。

戦国時代に入ると、領主である金山城主由良氏の祈願所となり、庇護されている。

普門寺 (3)
岩松富純の母親である慶閑が寄進した鐘楼がある。

普門寺 (5)
上野国誌著者である毛呂権蔵の墓。毛呂権蔵(1724年~1792年)は、上野国全般にわたる歴史地理書「上野国誌」や「長楽寺記」を著した、江戸時代の郷土史学の先駆者。

権蔵は、群馬県内全体のまとまった歴史地理書や風土記が無いことから、私財を投じて歴史地理書をまとめることを志し、安永3年(1774年)に30年の歳月をかけ「上野国志」15巻を完成させた。

茂呂権蔵って、何となく偉人ぽいけど、全然知らなかったし、調べてもよく分かんなかった。