邑楽郡千代田町舞木の長良神社。

舞木長良神社 (1)
舞木長良神社 (2)
舞木長良神社は藤原長良の遺徳を追慕し、天慶年間(938~47年)に勧請されたと伝わる。

鳥居は昭和35年(1960年)の建立。

舞木長良神社 (3)
変わった形の灯籠。上部は溶岩が固まった石のようにも見える。

舞木長良神社 (4)
舞木長良神社 (5)
社殿前の灯籠は天保11年(1841年)の奉納。社殿もその頃の建立だろうか(当然多くの修復がなれていると思うが)。

境内は利根川堤防の拡張に伴い、昭和50年(1975年)に整備されている。舞木長良神社のすぐ南側には立派な堤防がある。

舞木長良神社 (6)
舞木長良神社 (7)
境内の大黒天の線刻画碑。

舞木長良神社 (8)
舞木長良神社 (9)
神輿舎がある。神輿の上部が保管されている。

舞木長良神社 (10)
末社・境内社群。

天慶2年(939年)からの平将門の乱に際し、藤原秀郷が当社に戦勝祈願を行い、見事将門を打ち破った。そのお礼として龍神棒石、鹿玉を奉納したとされる。これら霊石と称し、現存しているという。

この逸話からすると、天慶年間初期には舞木長良神社は創建されていたことになる。もしかしたら、秀郷が勧請し創建したのかもしれない。

舞木長良神社には舞木村の村名由来が伝わっている。貞観年間(859~77年)に藤原長良が武蔵国羽生の猪熊森高を攻める際、春日の社(春日神社?)にて榊に四垂を掛け戦勝祈願を行った。その後、猪熊との戦いに勝利し再度訪れた時、榊が空中に舞い上がり隣地の中島村に落ちた。そこで中島村を舞木村と改めたという。

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