邑楽郡邑楽町藤川の四祀開神社。
四祀開神社の創建年は不詳だが、下野国御厨(足利市)の皇大神宮の天照大神と豊受大神を勧請、後に木花開耶姫命、彦火火出見命の2神を合祀し四祀開神社としたという。
元は字村東にあって、一時は猪開神社(読みは同じ「ししかい」)としていたが、明治11年(1878年)に四祀開神社に復称している。その後、大正7年(1918年)現在地へ遷座している。
鳥居は遷座時の大正7年(1918年)の建立。
社殿の建立年などは分からないが、おそらく大正7年(遷座時)だと思われる。
境内右手の建物。何だろう?
境内の富士塚。右側の碑には「33度」、左側の塔には「50度」の登頂と書かれている。どっちもすごい。
猪開神社となっていた頃、村里に猪の群れが集まり農作物を荒らすことが度々あった。しかし鎮守のご加護と思い、村人は猪を射止めたりその肉を食べる者はいなかったという。猪が多くいたので「猪開神社」になっていたのかな。また、藤川地区では現在でも猪肉を食べないという(真偽不明)。
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