邑楽郡邑楽町篠塚の籠宮稲荷神社。

籠宮稲荷神社 (1)
籠宮稲荷神社は正平2年(1347年)当地に居住した細谷右馬助秀国が、丹後国(京都府)の元伊勢籠神社から分霊を勧請し、籠宮神社として創建。館の鬼門除けとした。
(「細谷秀国の墓所 ー五位堂ー」参照)

秀国は新田義貞に従い参陣していたが、義貞討死後も再起を図ろうと丹後国に身を潜めていたことに関係すると考えられる。帰郷した秀国は正平3年(1348年)には出家、籠宮山泉福寺を創建し新田氏一族や家臣の菩提を弔った。後の安永2年(1773年)には伏見稲荷を泉福寺を勧請し、農民生活の守護神とした。

明治期に入り神仏分離令により稲荷神社は泉福寺から離れ、籠宮神社に遷されている。

籠宮稲荷神社 (2)
籠宮稲荷神社 (3)
昭和13年(1938年)に現在の社殿を建立した際に、籠宮神社と稲荷神社の両神併祀となっている。この時に籠宮稲荷神社となったと思われる。

社殿前の狐像は昭和31年(1956年)の奉納。

籠宮稲荷神社 (4)
奥殿には籠宮神(向かって左)と稲荷神(同右)の二座が鎮座している。写真では稲荷神しか写ってないけど。

籠宮稲荷神社 (5)
籠宮稲荷神社 (6)
敷地内(境内?)には御嶽神社がある。鳥居は平成11年(1999年)の建立。

籠宮稲荷神社 (7)
石段脇には青面金剛像。宝永4年(1707年)の造立。

泉福寺 (1)
泉福寺 (2)
泉福寺は正平3年(1348年)の創建後、戦国時代に兵火にかかり衰退したが、寛永2年(1625年)に再興されている。その後、明治初年の神仏分離の波の中、廃寺となっている。昭和41年(1966年)には火災で焼失。現在は消防団分署などとなっており、残された石仏などで当時を偲ぶのみである。