みどり市笠懸町鹿の青龍山清泉寺。

清泉寺 (1)
清泉寺の創建年代は不詳だが、良尊和尚の創建と伝わる。寛永17年(1640年)俊海和尚の再興。再興の俊海が世良田・長楽寺の出のため、江戸時代は長楽寺末の「山五ヶ寺」として重要視されていた。

他の「山五ヶ寺」は、伊勢崎・華蔵寺、赤堀・大光寺、新里・善昌寺、国定・養寿寺。

清泉寺 (2)
本堂は文政5年(1822年)に焼失、同13年(1830年)に再建。昭和54年(1979年)に改築されている。

清泉寺 (3)
本堂前の人物像。誰なのか見てこなかった。台座に名前があるが、写真からは読み取れない。

清泉寺 (4)
清泉寺 (5)
六地蔵が2つあった。ひとつは平成16年(2004年)、一石六地蔵は昭和(年数読めず)の奉納。

清泉寺 (6)
「泉澤城戦没者之供養塔」というのがあった。泉澤城は鹿田山南麓(清泉寺付近一帯)に築かれた城。築城年代などは分からないが、金山城の支城となっていた。泉澤城のめぐる合戦があったのかな。

清泉寺 (7)
歴代住職の墓。この中に再興とされる俊海の墓はない。そのため、3世・俊鎮の再興との説もある。創建の良尊は享保7年(1722年)建立の供養塔がある。

ひとつだけ宝篋印塔があるが、俊賢大和尚とあった。入寂年が享保(1716~36年)と読めたので、良尊の供養塔を建てたのは俊賢かもしれない。