太田市武蔵島町の花見塚公園。

ここには、新田義貞の妻のひとり・勾当内侍(こうとうのないし)のお墓と、新田義貞の首塚がある。

花見塚公園 (2)
新田義貞は、後醍醐天皇に仕えていた勾当内侍を恩賞として賜り、この地に新たに館を建て、庭に各地から集めたつつじを植えたという。このつつじを館林に移したのが、つつじが岡公園の始まりという。

花見塚公園 (3)
園内には、花見塚神社がある。これは宗良親王(後醍醐天皇の皇子)が、後醍醐天皇と神武天皇を合祀し、正平元年(1346年)に創建したものといわれている。正平という年号は、南朝のものである。

花見塚公園 (5)
花見塚公園 (4)
花見塚神社の奥に、勾当内侍のお墓と義貞の首塚が並んでいる。義貞首塚は、京の三条河原から勾当内侍が首を盗み出し、持ち帰りここに弔ったからという。

まあ、これはあり得ないんだろうけど、実は義貞の首塚はここ以外にもいくつもある。京都の嵯峨野・滝口寺にも、勾当内侍の墓と義貞の首塚という、同じ組み合わせがある。いわれも、勾当内侍が盗み出したと同じ。

まあ、勾当内侍のお墓と称するものも、伝承とともに各地にある。もう、真実は分からないだろうがね。

前回の、悪源太義平のお墓も、首を持ち帰り弔ったという、伝承に基づいており、同じ構図だね。(「悪源太義平の墓? -清泉寺-」参照。)