太田市岩松町の義国神社。

義国神社 (1)
義国神社 (3)
義国神社 (4)
源義国を御祭神とする義国神社。

義国は、八幡太郎義家の三男で、新田氏の祖・新田義重、足利市の祖・足利義康の父である。(義家の四男との説もある。)

義国神社は、青蓮寺(岩松館跡)から約200mのところにある。畑の中にポツンとあるので(周りに何もない)、その場所はすぐに分かる。ただ、歩いていくには畑の中を突っ切るわけにもいかず、回り道をしないといけないので、5分くらいかかる。

義国神社 (5)
義国神社 (2)
社の裏には、義国夫妻の供養塔といわれる五輪塔があり、その没年(久寿2年:1155年)が記されている。義国夫妻の墓所ともいわれている。

義国は、まず足利に地盤を張り、そこを次男・義康に譲り、長男・義重とともに新田荘を開拓、晩年は岩松館(青蓮寺)に居住していたと考えられている。新田の地で死去したといわれているので、あながちここが墓所でもおかしくない気がする。

でも、正式な墓所があるのは、足利市の鑁阿寺(ばんなじ)だという。そこは、足利義康の館跡。

後に、足利氏と新田氏の立場には大きな差がついたため、足利氏が義国の墓所を鑁阿寺に後から造った、といったところかな?