高崎市神戸町の戸榛名神社。

戸榛名神社 (1)
戸榛名神社 (2)
戸榛名神社は天応年間(781~82年)の創建と伝わる。往古は榛名神社と称していた。上野国神名帳記載の榛名大明神は当社とされる。ご祭神の群馬五郎満行が当地で善政を敷いたので、里民はその徳を感じ満行を祭祀したという。

また、満行が都に上洛していたとき、紫宸殿上に黒雲が湧き上がり雷鳴が轟いた。光仁天皇が黒雲を射よと命じ、それに応じた満行は7尺2分の白木の大弓から矢を放つと、黒雲内の化け物は退散したという。光仁帝は大いに歓び、従三位の官位と藤原朝臣満行の名を賜ったといわれる。満行の死後、都で様々な凶事が起きたため、帝は満行の故郷(当地)へ勅使を遣わし、満行を祀った神社を建立したという説もある。

戸榛名神社 (3)
参道を進むと鬱蒼とした森の中に社殿がある。

戸榛名神社 (4)
戸榛名神社 (5)
戸榛名神社 (6)
火災などにより当地へ遷座してきたとの伝承もあるが、ここには長野勢の高浜砦の支砦(神戸砦)があったため、武田氏の西上州攻略戦の際に焼失。箕輪城攻めの際に、武田信玄が再興し戦勝祈願をしたといわれる。

現在の社殿の建立年などは分からないが、近年改修が行われているようだ。

戸榛名神社 (7)
神楽殿。大正5年(1916年)の建立。天井絵が施された立派なもの。古くから神楽が伝承されてきたが、現在は中断している。

戸榛名神社 (8)
戸榛名神社 (9)
社殿を囲むように多くの境内社・末社群がある。養蚕関係(蚕蟄国霊神)や農耕関係(地神)。

戸榛名神社 (10)
石祠の後ろに巨岩が置かれている。何か特別な意味があるのかな。

ちなみに、満行の8男・八郎満胤を祀った「八郎神社」が伊勢崎市福島町にある。8男だが総領(跡取り)になっため兄たちの恨みを買い殺されてしまうのだが、大蛇となって大暴れしたとの伝説がある。(「群馬八郎満胤がご祭神 -八郎神社-」参照)