館林市楠町の楠木神社。

鎌倉時代末から建武の新政と、後醍醐天皇に忠誠をつくした楠木正成を祀っている(といわれている)。

楠木神社 (1)
楠木神社 (2)
九州から京都を目指す足利尊氏軍に対して、新田義貞の指揮下で戦う事を命じられ、湊川の戦いにおいて敗北、楠木正成は自刃した。建武3年(1336年)のことである。

戦死した正成の首を、尊氏は丁重に遺族のもとへ還している。これは尊氏が正成のことを一目置いていたためと考えられる。しかし、この首は正成に似てはいるが偽の首で、本物の首は正成の家臣の手により、守られ運び出されていた。

家臣5人は主君の首を塩漬けにし、奥羽にいた北畠顕家を頼って北に向かった。その途中この地に来たとき、野中の大樹の下で休み、いざ出発しようとしたが、首を入れた籠が重くなり、運ぶことができなくなった。

これは正成の遺志として、その大樹の下に首を埋め、社を建てこの地に土着し祀ったのが、楠木神社の始まりと謂れている。

楠木神社 (6)
楠木神社 (5)
境内には大きなクスノキがあるが、正成の時代からのものとは思えない。

首を埋めたとき既に大樹と言われているので、植え替えられていなければ樹齢1,000年近くないと計算が合わない。

楠木神社 (3)
本殿の覆屋はアクリル板(?)のため本殿を観ることができる。

楠木神社 (4)
ふと、その横を見ると、朽ちた木が覆屋付きで囲われている。

もしやっ! 大樹だったが、後に枯れてしまい、でもその謂れから丁重に守られてきた、
とも考えられる?? ちょっと無理かなぁ~。