館林市楠町の終南山見松院善導寺。
ここには、德川四天王で館林藩主・榊原康政のお墓がある。

善導寺 (1)
善導寺 (7)
善導寺 (2)
和銅元年(708年)行基の開山と伝えられている。

当初は行基寺と呼ばれていたようだが、建治2年(1276年)、寂恵良曉上人により再興され、善導寺と寺号を改めた。また、元和元年(1615年)院号を見性院から見松院へ改め、現在の形となっている。

善導寺 (3)
本堂裏手には榊原康政をはじめ、長男・大須賀忠政、3男・榊原康勝、康政側室・花房氏らのお墓ある。案内板(?)の左から2番目の、1番立派な墓石が康政のもの。

善導寺 (5)
善導寺 (6)
ところが、3月の震災の影響で、崩れてしまっている。行ったときは、まだ修理も始まってないみたいだった。

善導寺は平成2年(1990年)、館林駅前整備事業のため、現在地へ移転している。現在の楠町は、愛妾「お辻」の供養塔のある善長寺から500mくらいの所である。
(「「お辻」の供養塔 -善長寺-」参照。)

やっと愛妾の近くへやって来れた訳なので、お墓も早く直してやって欲しいね。