館林市の館林城址。城町と言う地名を残す。
15世紀に築かれたとされるが、德川4天王・榊原康政が近代的な城に改修した。

一部の遺構を残しているのみで、跡地に市役所、文化会館、市立図書館などが建てられている。

館林城跡 (2)
館林城跡 (1)
土橋門は昭和58年(1983年)に、城壁とともに復元された。城の中心部に通じる三の丸に設けられ、通用門として使われていた。

土橋門という名前の由来は、門前の内堀に架けられた土橋からきたといわれている。また、防御用に黒色の鉄板が打ち付けられており、黒門とも呼ばれている。

館林城跡 (4)
館林城跡(5)
館林城跡 (3)
本丸跡は広い芝生公園(?)になっているようだが、この日は天気が良かったにもかかわらず、あんまり人はいなかった。

館林に限らないけど、城址ってだいたい市役所とか公共施設が建ってしまって、もともとの城の面影が残っているところは少ない。

館林城は尾曳城とも呼ばれる。築城者の赤井照光が子ぎつねを助けたところ、お稲荷様の化身の白きつねが現れ、お礼として尾を曳いて城の配置を教えてくれたという伝説がある。

なので、尾曳城ということ。