安中市磯部の磯明山松岸寺、その2。

前回、赤穂藩・大野九郎兵衛の墓のことを書いた。
(「伝赤穂藩士・大野九郎兵衛の墓 -松岸寺-」参照)

松岸寺 五輪塔 (3)
松岸寺 五輪塔 (2)
ここにはさらに、佐々木盛綱夫妻の墓と伝えられる五輪塔がある。

松岸寺 五輪塔 (1)
松岸寺 五輪塔 (4)
完形の方は上から「空・風・火・水・地」の各輪を「団・半月・三角・円・方」で表し、地輪に「正応六年四月一〇日」の銘がある。一番上の空輪を欠く方は、地輪に「正応六年三月一二日」の銘がある。正応6年は西暦1293年。

佐々木盛綱は、宇多源氏佐々木氏の棟梁・秀義の3男として生まれ、源頼朝が伊豆の流人時代から仕えている。頼朝が没した後の建久10年(1199年)に、出家し西念と称した。建仁元年(1201年)には、上野国磯部郷に在ったとの記録がある。

このことから、松岸寺にお墓があっても不思議ではない。

佐々木盛綱の生年は、仁平元年(1151年)と言われているので、五輪塔銘の正応6年(1293年)が没年とすると、100年以上生きたことになる。死後に供養塔建てたということかな。