天平13年(741年)聖武天皇の発願により、全国に国分寺と国分尼寺が建立された。上野国分寺は天平21年(749年)頃できたらしい。これは、奈良の都の国分寺である東大寺が、天平勝宝4年(752年)の建立であることを考えると、当時の上野国が豊かな国であったことの証である。

その上野国の国分寺跡が、前橋市元総社町、高崎市東国分町・引間町にまたがって残っている。

上野国分寺址 (5)
まあ、よく草が生い茂っていて、とても貴重な文化財には見えない。ふくらはぎの中あたりまである雑草を踏みわけ、やっとたどり着いたのが、この碑。マムシがいそうで、ほんと怖かった。

上野国分寺址 (6)
上野国分寺址 (7)
七重の塔が建っていたという跡。柱の基礎石の配列で、塔の規模が分かる。60mあったという。

上野国分寺址 (8)
上野国分寺址 (10)
隣には資料館もあるが、非常に地味。オレが行った時も、他に見学者がいないのは当然として、管理人さんも暇なのか、近所のおばちゃんとのおしゃべりに夢中で、オレに気づいていたかも微妙。

上野国分寺址 (3)
まあ、案内看板も相当疲れているみたいだし・・・。

そのうち(秋になれば)、草刈りしてきれいにするのかな?