前回に引き続き、藤岡市藤岡の龍田山光徳寺。
ここには算聖・関孝和の墓がある。

関孝和の墓 (2)
関孝和の墓 (1)
関孝和の墓は、東京都新宿区の浄輪寺にあるが、孝和没後250年の昭和33年(1958年)、芦田氏の菩提寺である光徳寺に御霊を迎え、墓所が築かれた。

芦田氏には芦田五十騎という家臣団があり、その中に内山家、関家がいた。孝和は内山家の生まれだが、関家の養子となっている。

関孝和
藤岡市民ホールにある関孝和の銅像

関孝和は江戸時代の数学者で、筆算による代数の計算方法(点鼠術)を発明し、和算が高等数学として発展する基礎を作った。ニュートン、ライプニッツと並んで、世界3大数学者とも言われており、外国での評価も非常に高い。
(上毛かるた紀行、「和算の大家 関孝和」参照。)

関孝和は算聖と崇められるほどで、日本数学史上最高の人物とされている。光徳寺が領主・芦田氏よりも、家臣の関孝和に重きを置いているのもやむを得ない?

でも、一応関孝和の墓は芦田家の墓所よりも、一段下にあるんだよね。