藤岡市保美の龍冨山天陽寺。

天陽寺 (3)
天陽寺 (1)
天陽寺 (2)
武田家家臣・長井豊前守正實(まさざね)の開基と伝わる。長井正實の没年は天正18年(1590年)と伝わるので、戦国時代末の創建ということになる。

天陽寺 (5)
正實父子のものと推定される墓(祠)。どれが誰のものかは不明という。天陽寺には正實の鎧兜などが残されていたようだが、天保元年(1830年)火災により焼失したという。

天陽寺 (4)
天陽寺 (6)
ここには、清和源氏の流れをくむ依田氏の墓もある。上が依田信守夫妻の墓、下は依田信政の墓である。

依田氏はもともと信濃の出だが、依田康勝が武州榛沢郡と上州緑野郡に計3万石を与えられ、藤岡城主になっている。そんなことから、依田信守、信政の墓が藤岡にある。

天陽寺の近くには元屋敷と言う地名が残っており、信守らの依田氏の屋敷があったと推定される。遺構などは残ってないようだが。

ちなみに、信守は当主・康勝の従兄弟に当たる。信政は信守の弟だが、信守の養子になっている。この依田氏が芦田を名乗る。藤岡城は芦田城とも言われるし、藤岡市には芦田町いう地名も残っている。