高崎市箕郷町白川の大獄山瀧澤寺。

瀧澤寺 (1)
瀧澤寺は相馬岳不入瀧澤に天台宗・満行山瀧澤寺として創建。寺伝では比叡山延暦寺2世・慈覚大師の開山とされる。その後、平常将が楊沢寺(現柳沢寺)を焼き払った事件(相満の変)の際に焼失。難を逃れた僧が当地に一堂を建立したという。

その後荒廃したが、天正年間(1573~92年)に井伊家家臣・中野直之が永源寺5世・厚山慶淳を迎え、曹洞宗・大獄山瀧澤寺として再興。直之の妻は井伊直盛(直政の父)の妻の姉のため、井伊直政の伯父にあたる。井伊家の箕輪入りは天正18年(1590年)なので、その頃かと。

瀧澤寺 (2)
入口にはお地蔵さんや供養塔が並ぶ。

瀧澤寺 (3)
瀧澤寺 (4)
山門の扁額は「𢮦黙院」。瀧澤寺の院号は「不入院」なので、「𢮦黙院」は仏教用語なのかな。

瀧澤寺 (5)
瀧澤寺 (6)
中興後も3度火災により焼失。寛政2年(1790年)再建の記録が残る。現在の本堂はまだ新しく、近年の建立のようだ。

瀧澤寺 (7)
山門前には湧き水が引かれている。写真には写ってないが、柄杓が置かれていたので、飲んだり持ち帰ったりしてもいいようだ。ただ、飲料水の基準を満たしているかは不明。

瀧澤寺 (8)
瀧澤寺 (9)
その湧き水を湛える池には、大きな鯉が優雅に泳いでいた。

瀧澤寺 (10)
門前の仁王像の横にある経蔵。間口3.6m、奥行き4mの方魚尾根造り。経典を納めた6角形に区切られた棚が回る仕掛けになっている。そのため「巡り経蔵」と言われる。外観がかなり綺麗なので、最近改修が行われたようだ。

「相満の変」については下記参照。
 「空から飛来した観音様 -矢落観音-
 「五重塔がある! -柳沢寺-
 「平(千葉)常将を祀る -常将神社-