吉良上野介義央と言えば、忠臣蔵の悪役として非常に有名。忠臣蔵に出てくるエピソードを史実と思っている人には、名家の出をかさにきた極悪人のイメージじゃないの? まあ、あの浅野内匠頭長矩への「いじめ」は、ほとんど創作と言われているけど。

別に忠臣蔵の話しをしようというのではなく、群馬県藤岡市に吉良上野介の産湯を汲んだ井戸がある、ということ。

吉良上野介産湯井戸
吉良上野介陣屋跡
吉良上野介は寛永18年(1641年)に江戸鍛冶橋の吉良邸で生まれた。でも、一説によると群馬県藤岡市白石の生まれともされる。

以下、井戸のある藤岡市の解説文。

吉良上野介陣屋跡井戸
元禄時代、忠臣蔵(芝居)で有名な吉良家の所領が白石にあり、ここに陣屋が置かれた。領主吉良若狭守の正室が、伊香保温泉に 湯治した帰途、この屋敷に滞在して、嗣子上野介義央を生んだ。彼の産湯を汲んだのが、この井戸だと伝えれる。井戸水は毎月1回赤く染まるので「汚れ井戸」と呼ばれ、飲料水にはしなかったと言う。なお、当地では領主吉良上野介を敵役とする忠臣蔵は禁物とされた。

井戸の向かい側には、吉良上野介陣屋跡と言う看板も立っているのだが、雑木林が広がっているだけ。一応そこには、

吉良家は延宝2年(1674年)から元禄15年(1703年)まで、白石字中郷に840石を領し、家臣長船氏に治めさせていた。言い伝えによると、吉良若狭守の正室が伊香保温泉からの帰途、この館に寄り、上野介を生んだ。産湯を汲んだと伝えられる井戸は現在も残っている。その産湯を流したところに小社があって、上野桜という名樹があった。

地元も、別に観光地にしようとか、と言うつもりもなく、PRしようと思っているわけでもなさそう。井戸は枯れていて水があるわけでもないから、しょーがないか? 歴史的な価値があるのか、良く分からないが、もったいないような気もちょっとする・・・。

これ、忠臣蔵の悪役でなく、もう少し良いイメージの人物なら、市も力を入れるのかな?