高崎市下里見町の城山稲荷神社。

城山稲荷神社 (1)
城山稲荷神社 (2)
城山稲荷神社は里見城の鬼門除けとして創建された。里見城は新田義重の庶長子・義俊の築城と伝わる。義俊の没年は嘉応2年(1170年)とも元久元年(1204年)ともいわれているので、城山稲荷神社の創建は平安末ころと思われる。

城山稲荷神社 (3)
城山稲荷神社 (4)
稲荷神社らしく、多数の鳥居が奉納されている。

城山稲荷神社 (5)
参道には多くの歌碑が並ぶ。氏子さんなのか、地元の歌人なのか分からないが。

城山稲荷神社 (6)
城山稲荷神社 (7)
城山稲荷神社 (8)
里見氏が断絶(里見義実が安房に落ち延び安房里見氏の祖となったとされる)すると、城山稲荷神社も衰退し石宮を残すのみとなっていたが、昭和13年(1938年)に地元の方々が社殿を建立している。

その後、昭和49年(1974年)に発生した土砂崩れにより社殿は崩壊、昭和52年(1977年)に現在の社殿が再建されている。

城山稲荷神社 (9)
城山稲荷神社 (10)
社殿裏からすぐの所に奥の院がある。奥の院は昭和49年(1974年)の土砂崩れの被害を免れている。

城山稲荷神社 (11)
城山稲荷神社 (12)
境内の長寿地蔵尊、通称「ぴんころ地蔵」。地域住民の方々への感謝の気持ちと健康長寿を祈念し建立されたもの。まだ新しい。その名の通り、寝込まずに往生してほしいとの願いが込められていいる。

同様のものに「ぽっくり◯◯」というのもあるね。