前橋市紅雲町の大珠山是字寺龍海院。

龍海院 (2)
龍海院 (1)
龍海院 (3)
龍海院の創建は、享禄年間(1528年~32年)徳川家康の祖父にあたる松平清康の庇護のもと、模外惟俊大和尚が岡崎城下に開山したとされる。その後、酒井家の菩提寺となり、酒井家が転封する度に移動し、慶長6年(1601年)川越からに前橋に移っている。

前橋藩・酒井家は9代・忠恭(ただずみ)の時の寛延2年(1749年)に、姫路へ加増転封となったが、龍海院は前橋に留まった。移封後の酒井家当主(姫路藩主)もここに葬られている。

前橋藩主、姫路藩主15代のお墓は、ほぼ現状のまま残されている。以下、いくつか紹介。

酒井重忠
酒井重忠。
上野国前橋藩初代藩主。若いころから徳川家康に仕え、家康初期の主要な合戦の大半に参加して武功を挙げた。

酒井忠世
酒井忠世。
2代藩主。幕府の筆頭年寄(後の老中首座や大老)。晩年、江戸城西の丸が火災で焼失する事件が起こり、3代将軍・家光にその責任を問われ失脚。

酒井忠清
酒井忠清。
4代藩主。幕府大老。4代将軍・家綱のもとで権勢を振るう専制的人物と評されている。綱吉が5代将軍に就任すると失脚する。

酒井忠道
酒井忠道。
播磨姫路藩3代藩主。11代将軍・家斉の時代。姫路藩代表として掲載。

酒井家は德川譜代の最古参。江戸幕府では、大老4家のひとつに数えられ、多くの大老・老中を輩出している。

追記
再訪記はこちら「初代前橋市長・下村善太郎の墓 -龍海院 その2-