前橋市大手町の柳原山源英寺。

源英寺 (1)
源英寺 (2)
源英寺は元和3年(1617年)興巖春隆の開山により創建。同年に没した前橋藩主・酒井重忠の戒名から2文字を取り源英寺とした。当初、重忠の墓があったが、後年龍海院に移されている。(「德川譜代・酒井家の菩提寺 -龍海院-」参照)

源英寺 (3)
酒井重忠の自画像が寺宝として残っている。「酒井重忠画像口伝書」によれば、重忠自らが描いたとされる。重忠の画像は姫路城にも一点あり、それと比較すると源英寺の自画像の方が年代的に古いようだ。

酒井重忠は若いころから徳川家康に仕え、永禄12年(1569年)の掛川城攻め、元亀元年(1570年)の姉川の戦いなど、家康初期の主要な合戦の大半に参陣し武功を挙げている。

天正18年(1590年)に家康が関東に移封されると、川越に1万石の所領を与えられた。慶長6年(1601年)平岩親吉に代わり厩橋に3万3000石に加増・転封となっている。