藤岡市上日野の鹿島神社。

上日野鹿島神社 (1)
上日野鹿島神社は建久7年(1196年)に平維盛の子・維基が小柏と改姓した際に建立し、所蔵の甲冑や武具を納めたという。
(平維基に関しては「平維盛の子・維基の末裔? 小柏氏の開基 -養命寺-」参照)

上日野鹿島神社 (2)
上日野鹿島神社 (3)
参道を進むと山すそ(北麓)に鳥居と割拝殿(瓦屋根の幅広の建物)が見えてくる。

上日野鹿島神社 (4)
上日野鹿島神社 (5)
割拝殿は懸崖造りで、床下には藁を巻き付けた筒状の物が多数ある。何だろう?

上日野鹿島神社 (6)
上日野鹿島神社 (7)
社殿は延享元年(1744年)火災により焼失、翌年に再建されている。再建の中心になったのは地元の豪族・酒井興惣左衛門。社殿は割拝殿をから境内に入ると右手にある。境内は狭いので、再建時に社前を広く取るために移されたと考えられている。

上日野鹿島神社 (8)
拝殿内にはきれいな絵馬が掲げられていた。題材は分からない。

上日野鹿島神社 (9)
拝殿の掲額。天狗の絵が描かれているが、当社は「日野のお天狗」と呼ばれている。新井左京という人物が安政2年(1855年)に秋熱病に罹り、大山石尊に祈願したところ全快した。それから右京には天狗が乗り移り、呪占師のようなことを行っていた。その弟子や神職も同様に境内で呪占をやっていたことから。

この風習は昭和初期まで続いていたといから、ちょっと驚き。(額の内容は薄れていて読み切れないが、第二次世界大戦がどうのとある)

上日野鹿島神社 (10)
上日野鹿島神社 (11)
神楽殿。社殿のすぐ隣にある。春の例祭時に奉納されていた(現在は行われていない)。

上日野鹿島神社 (12)
上日野鹿島神社 (13)
境内社の鳥居。ちょっとエッチな雰囲気を醸し出す。

上日野鹿島神社 (14)
金精さま(左)。右は分からないが、女陰関係かな。金精さまは子宝、安産、縁結びのご利益があるので、昔から各地に祀られている。

上日野鹿島神社 (15)
上日野鹿島神社 (16)
リアルなオブジェがある。平成2年(1990年)地元の方々の奉納。

ところで、上日野鹿島神社には天正18年(1590年)の国峰城落城時に、国峰城を守っていた小幡信秀(城主・小幡信貞の養嗣子)が社殿内に隠れ、難を逃れたという伝承が残っている。同じような話が甘楽町の向陽寺(「甘楽町天引・向陽寺」参照)にも伝わっている。