上毛かるた紀行、第36弾!

ほ
(ほ) 誇る文豪 田山花袋

田山花袋旧居 (3)
明治4年(1872年)館林町(当時)に生まれる。尾崎紅葉のもとで修業し、後に国木田独歩、柳田国男と交わる。「蒲団」「田舎教師」などの自然主義派の作品を発表し、その代表的な作家のひとり。

田山花袋旧居 (1)
田山花袋旧居 (2)
館林市城町の館林市第2資料館敷地内に、田山花袋の旧居が移築されている。田山花袋が14歳まで約8年間住んだ家。

木造平屋建て茅葺屋根で、面積は約22.5坪(74.25平方m)。もともとは、江戸時代末の秋元藩時代に、館林城内にあった武家屋敷らしい。

田山花袋記念文学館 (1)
旧居のある第2資料館と道を挟んで反対側に、田山花袋記念文学館がある。「蒲団」「田舎教師」といった有名な作品をはじめ、初版本、書簡、日記、愛用品なども展示されている。

田山花袋記念文学館 (2)
若い時の写真を見ると、イメージがだいぶ違う。

田山花袋記念文学館 (3)
龍土会メンバーの写真。龍土会は西欧文学に傾倒する青年たちが、各々の
文学論を自由に語り合う場であった。日本の自然主義文学の成立に大きな役割を果たした。島崎藤村、柳田国男、小山内薫、蒲原有明らの顔が見る。

病に倒れた花袋のもとに島崎藤村が見舞いに訪れた際、「この世を辞してゆくとなると、どんな気持ちがするものかね」と聞かれ、「なにしろ、誰も知らない暗いところへ行くのだから、なかなか単純な気持ちではない」と答える。

昭和5年(1930年)58歳の生涯を閉じる。